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大阪高等裁判所 昭和61年(行ス)21号 決定

抗告人(原審相手方) 大阪入国管理局主任審査官

代理人 松山恒昭 森本翅充 竹内郁雄 狩野礒雄 ほか五名

相手方 韓貞石 ほか四名

主文

一  原決定を取り消す。

二  相手方らの、抗告人が相手方らに対し昭和六一年八月一二日付で発付した退去強制令書に基づく各執行の停止を、本案(大阪地方裁判所昭和六一年(行ウ)第六三号)の第一審判決言渡しまでの間求める本件各申立てをいずれも却下する。

三  本件申立及び抗告費用は相手方らの負担とする。

理由

一  本件抗告の趣旨は主文同旨の決定を求めるというにあり、その理由は別紙(一)ないし(三)記載のとおりで、相手方らのこれに対する反論は別紙(四)及び(五)記載のとおりであり、相手方らの本件執行停止の申立の理由は原決定別紙(一)記載のとおりで、これに対する抗告人の反論と主張は同別紙(二)記載のとおりであるから、夫々これを引用する。

二  当裁判所の判断

1  本件において疎明される事実関係は以下に付加訂正する外は原決定理由二1及び2のとおりであるからこれを引用する。

(一)  原決定四枚目表二行目と三行目を「うけたが、その後後記のとおり既に本邦に密入国済みの兄弟姉妹三人にならい出稼ぎの目的で本邦に密入国することを決意共謀し、まず相手方貞石が単身で、大阪市生野区に居住している伯母(母の姉)呉春桃を頼つて」と訂正し、同四枚目裏四行目か六行目の( )記載部分、同六枚目裏七行目から八行目の「であつて、日本語以外は理解できないよう」、同七枚目表五行目から七行目の( )記載を夫々削除し、同一二行目の「預金」の次に「(一九八三年の韓国人の平均賃金によれば約二三年分の賃金相当)と「姉貞子に対する貸金債権一〇〇万円」を付加し、同裏一一行から同八枚目表二行目までを「同年九月一九日頃には不整脈もなくなり、心不全の問題視すべき症状もなくなり、気管支ぜん息の疑いも解消し、ただ本件強制送還の心配に基づく心因反応を残すのみとなり、既に主治医より退院してもよい旨伝えられたものの、相手方姜はさも重病らしく装い入院継続を訴える等して主治医を困惑せしめていたが原決定後の同年一〇月二八日働く必要のためと告げて退院し爾後通院もなく、右病院より完治と見られている。」と訂正する。

(二)  原決定八枚目表二行目の次に次のとおり付加する。

「(八) 相手方韓の兄弟、姉妹の不法入国、出国の状況は、姉韓貞子が昭和三七年に不正入国したが後に特在許可を付与されている外は、姉韓英子は同四五年一月に不法入国し、同五七年一二月六日に退去強制令書を発付され、同四二年一月に不法入国した夫及び不法残留の子三人と共に大阪空港から自費出国し、兄韓龍三も同四三年一〇月に不正入国し、同五三年五月一一日退去強制令書を発付され、同四二年五月に不法入国していた妻及び不法残留の子二人と共に強制送還され、弟韓敬三も同五六年一一月に不法入国し、同六一年四月三〇日退去強制令書を発付されて強制送還されている。

(九) 相手方韓及び同姜は昭和六〇年三月七日特在許可を得るために自らの不法入国事実を申告して出たものであるが、その際右特在許可を得るのに有利なように、不法入国した時期を相手方貞石について昭和四四年六月頃と、同姜において同四五年二月頃とくり上げるなど後記虚偽の申告をなすことを相計つて、これを裏付ける資料として予め虚偽の内容であるカラーテレビの保証書、換気扇保証書、貸室賃貸借契約書を作成して提出し、入国管理局の調査、審査手続において韓国において既に結婚し、長男を設けておりながら、相呼応して密入国したこと、韓の姉弟の密入国事実を隠ぺいし、右長男を弟韓圭三の未婚外子を自己の籍に入れてやつた旨虚構の事実を申告し続け、同局より動かぬ反対資料を示されるまで右虚構の事実を固執した。

以上のとおりの事実が疎明される。そして、相手方姜はその実母は日本人であり、幼少の頃より山田春子と呼ばれていた旨後記宋昌律より教えられたが、三歳の時亡父姜元周の叔父岡本により無理矢理実母の許から韓国の亡父の実家へ連れて来られ、爾来亡夫の婚外女性である宋昌律(改名前「宋八十」)の子「春子」として戸籍上届出されて同女により養育されたが、近所から「あいの子」(混血児)と言われていじめられ、実母に会いたい思いにかられ、同思いを理解してくれた夫韓貞石と共に、同思いをとげる目的を兼ねて本件密入国に至つた旨主張し、同旨の同相手方の当審供述書及び本件申告後相手方韓貞石が右事情を確認するための照会に対する宋昌律の返書二通が提出されているところ、別紙(二)(三)において抗告人指摘のとおり、相手方姜の供述はそれ自体、実母及び岡本に関する供述内容が余りに抽象的過ぎ、本件申告当初から現在までの間において重要な点で矛盾と変せんがあり、宋の右返書内容とも重要な点で符合しないこと、右手紙に添えられている宋の実家の戸籍によれば、相手方姜の旧名と同名で、同年に出生したとされる「春子」という女性が宋の弟の子として出生後相当期間経過後に他の兄弟と同時に届出がされていることが一応認められるところ、この「春子」は、相手方姜と別人と一応認められ、しかも右宋の「春子」なる女性に関する説明は、これを同相手方に対するものとすれば関係戸籍の記載と矛盾、符合しない不自然な点が多すぎるが、これを右「春子」その人に対するものとみると関係戸籍記載の矛盾が少ないこと、他方、相手方姜の主張どおりとすれば当然なされるべき実母や岡本の捜索行動につきみるべき疎明が殆んどないこと、以上の諸点に照らせば、右宋の返書及び相手方姜の供述書中同相手方主張同旨の部分は到底措信できず、他に同主張を一応認めるに足る資料はない。かえつて、本件資料によれば、むしろ同相手方は右宋昌律と亡姜元周の間に生れたことの蓋然性の方が高いというべきである。」

2  前項認定の事実によれば相手方貞石、同姜はいずれも法二四条一号に、同盛宇、同盛奉、同盛一はいずれも同条七号に夫々該当することが明らかであり、また、本件裁決及び本件令書発付処分(以下両者を併せて「本件両処分」という)は法が定める適法要件に欠けるところはない。そして、本件本案訴訟は原決定別紙(一)記載の各違法事由に基づき、右本件両処分の取消を求めるものである。

ところで抗告人は右本案の執行停止は行訴法二五条三項後段所定の「本案について理由がないとみえるとき」にあたるから許されない旨主張し、相手方らは退去強制処分については右「理由がないとみえるとき」を限定的に解すべき旨主張し、本案原告の主張が明らかに失当であるとき、または本案訴訟で認められる余地が全く存しないときをいうとの考えもある。

しかしながら、行訴法二五条一項がいわゆる執行不停止の原則を定めるのは濫訴の誘発を予防し、行政の停滞や不当な運営阻害を防ぐことが重大な国家利益として尊重されるべきとの立法政策に基づくものであることに照らせば、右原則の代償制度としての執行停止の要件のうち消極要件(三項)のみを二項に比し厳格に解釈することは妥当でなく(もともと執行不停止の原則に親しまない性格の行政処分については特別に立法措置((性病予防法二五条二項等多数例))がなされているが、本法にはかかる規定はない)、前記考えのように限定的に解することは行訴法二五条三項後段の明文に明らかに反するのみならず、退去強制処分が事実行為的側面をも有する行政処分であり、処分の相手方に与える影響が重大な場合もある性格のものであることを考慮してもなお右処分に限り一般的にこれを限定的に解釈すべき根拠に乏しいという外ない。したがつて前記法条の「本案について理由がないとみえるとき」とは、その主張及び疎明責任は行政庁の負担のもとで、本案において原告が主張し、または主張することとなる違法事由が主張自体理由がないとみえ、または右事由の基礎事実について疎明が十分でないため、証明に比しより低度の蓋然性の心証により、本案請求が理由がないということができるときをいうものと解すべきである。

そこで、右観点より、以下、相手方らが本件本案請求について主張する原決定別紙(一)記載の本件両処分の違法事由につき検討する。

(一)  相手方らは本件両処分は相手方らが永年築き上げた本邦での生活を根底から破壊し、申立人らに測り知れない苦痛と損害を与えるものであるから、確立された国際法規である世界人権宣言九条、難民の地位に関する条約、市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「国際人権規約」という)九条、一三条に違反し、ひいては憲法九八条二項に違反するのみか、直接憲法前文、同一三条に違反し、さらに、納得すべき理由の説示がないから憲法三一条にも違反し違法である旨主張する。

ところで、国際慣習法上、国家は外国人を受け入れる義務を負うものではなく、特別の条約がない限り、外国人を自国内に受け入れるかどうか、また、これを受け入れる場合の条件、右の延長問題である不法入国者の退去の制度を当該国家が自由に決定することができるものとされ、世界人権宣言、国際人権規約、我国憲法もこの慣習法を前提とするものと解すべく、したがつて退去処分の手続、態様のみが右法規上の問題となるものである。そして、世界人権宣言は勧告にとどまり法的拘束力なく、憲法前文も、行政処分の効力にかかわる直接の裁判規範といえない。また、難民の地位に関する条約は難民であるとの認定を受けて始めてその適用がなされるものであるから、難民認定の主張立証ない相手方らに適用の余地はない。

つぎに前記疎明事実によれば、相手方らは、密入国が我国の法規により禁止され、発覚すれば、退去の強制をされるであろうことを知つた上で本邦に不法入国をしたものと推認でき、一〇年余の生活継続は法の目をかくれて来た偶発的結果に過ぎず、しかもそれは違法状態の継続であつて本来法的保護を受ける筋合のものではなかつたものであるから、これが中断しても、当初から予測できた事柄であり、また受忍すべき結果ともいうことができるのであつて、右中断が申立人らに測り知れない苦痛と損害を与えるものとは到底認められず、本件両処分のもたらす結果から直ちに、右両処分が個人の尊厳、幸福追求権の尊重を趣旨とする憲法一三条に違反するとはいえない。

法五章、一ないし三節の人権保障規定を含む退去強制手続内容、それに対し行政訴訟、国家賠償請求が許される我が法制に照らせば、右法規定は身体の自由制限に対する適正手続を定める国際人権規約九条(三項を除く)の要求を十分満たしており、また同規約一三条は合法的に入国した外国人追放の適正手続を定めるもので本件とは類型を異にしその適用はないが、これをさておくとするも同条の各要求するところも十分にみたしているので右のいずれにも違反するとはいいがたい、のみならず本件記録によれば、相手方らは、右人権保障規定である口頭審理請求、異議申立を、本邦に在留したい理由に基づいてなし、右口頭審理における取調べにも立会つていることが疎明されるので、本件両処分は右各規約法条にひいては憲法九八条二項のいずれにも違反するとはいえない。

本件裁決のなかでなされた法五〇条一項三号による特別在留の許否判断は後記のとおりの広範囲な政策裁量処分に属することに照らせば、その理由説示が憲法三一条の要求する適正手続にあたるとはいえず、本件裁決が同条に違反するとはいいがたい。

(二)  特別在留不許可の裁量違法の主張について

本件裁決においてなされた特在不許可の判断は、法五〇条一項三号の「その他法務大臣が特別に在留を許可すべき事情があると認めるとき」につきなされたものであるが、右判断は、前記国際慣習法の一般原則を前提とし、同原則に基づく法務大臣の自由裁量であつて、それは、当該外国人の個人的事情及び外国人一般に対する人道的考慮はもとよりのこと、その他国内の政治、経済、労働社会等の事情、国際情勢、外交関係、国際礼譲等を総合的にしんしやくして決定されるもので、その裁量の範囲が極めて広いものである。しかしながら、右裁量も無制限でないことはいうまでもなく、右裁量を争う当事者の主張立証責任のもとに、法務大臣の裁量権行使であることを前提として、裁量判断が、その基礎とされた重要な事実の誤認等により全く事実の基礎を欠くかどうか、又は事実に対する評価が明白に合理性を欠くこと等により、社会通念に照らし妥当性を欠くことが明らかであるかどうかについて審理し、それが認められる場合に限り、右裁量判断がいずれも裁量権の範囲を逸脱し、又は濫用として違法となるというべきであり(最高裁昭和五三年一〇月四日大法廷判決民集三二巻七号一二二三頁参照)、その審査判断は右裁量権行使時を基準としてなすべきものである。

しかも、法務大臣の右自由裁量の幅が広汎であるため、その基礎となる事実も広汎かつ変動しうる要素をもつものではあるが、他方、この裁量違法の判断基準である前記基礎事実の全き欠如、若しくは明白な判断の著しい妥当性欠如は、かえつて、右裁量の特質のゆえに逆に極めて限られた場合にのみ認められることとなるのであり、右両欠如は余程の特徴的、若しくは明白な事情によらねば認められないもの(右両欠如は総合的判断事項としても基礎事実のわずかの変動により微妙に全貌が変動するが如き不確定概念とは異なる)というべく、さらに右事情の立証は疏明で足りるから抗告審を含む全執行停止手続内においても十分可能(行訴法二五条三項後段の解釈としては、事柄の重大性と判断の微妙性のために本来本案手続による慎重な判断が望ましいものとはいいがたい)というべきである。右に反する相手方らの主張はとりがたい。

そこで、右観点に立つて考えるに、相手方らは原決定別紙(一)二3、四及び別紙(五)四主張事実に基づき人道上の見地に立ち、また、原決定別紙(一)二、4主張の過去の特在許可実例による許可基準(行政先例)に照らせば、むしろ許可しないことこそ特段の事情を要する例外現象であるので、本件特在不許可は裁量権の範囲逸脱及び濫用である旨主張する。

まず、法務大臣への異議申出に対しなされた裁決における特在許可の過去の統計数字が韓国、朝鮮人の不法入国、上陸者について昭和五六年が七〇・七%、同五七年が七七・五%、同五八年が六六・七%、同五九年が七三・五%であることは本件記録により疏明されるところであるが、特在許可の法務大臣の裁量の前示特色に照らせば、特在許可は類型的処理になじまず、各事案毎に個別の裁量判断で決せられるものというべきであるから、右統計数値から直ちに、行政先例ないしは許可基準の存在を肯定することは到底できない。つぎに、本件裁決時以前の相手方らの事情は前認定のとおりで、相手方姜の実母が日本人であることは疎明がないところ、相手方らが他に不法目的をもたず、一〇年余まじめに生活し、日本人と全く同様の生活習慣を身につけ育つて来たり、自ら進んで不法入国を申告して出て、申告以後終始特在許可を切望しているとしても、他方、前述の不法入国発覚までの相手方らの本邦での生活の継続の法的性格、前示疎明の事実関係のうち、相手方らの本邦への密入国の目的その態様、相手方貞石の兄弟の密入国、送還の状況、本件申告から本件裁決までの相手方貞石、同姜の行状、相手方らの本国における生活は、不法入国までは本邦と殆んどかかわりがなく、かえつて扶養義務ある長男盛弼を本国に残しているのであり、他の扶養義務関係など親等の近い係累はすべて本国にいること、右疏明事実によれば、帰国しても既に蓄積した預金、右親族関係等により相当長期の生活維持にさしたる困難も予想されず、相手方盛宇(小学校三年生、同盛奉(同二年生)、同盛一(幼稚園児)も、本国で青少年時代を送つてきた父母である相手方貞石同姜の膝下で養育されることにより、言語を含め本国の生活になじむのも容易であると推認されること、本件裁決時において相手方姜の実母が日本人であること及び同女が本邦に現に生存することの手掛りが近く発見される見込みの疎明がなかつた上、現在においてもなお右両事実の疏明がないこと、及び、法務大臣の特在許否の裁量の範囲が前示のとおり極めて広いことに照らせば、人道上の考慮をなし、さらに、相手方ら主張のように前認定の比率の者が過去に特在許可をえている事実を総合しても、なお他に特段の疎明もないので本件裁決のなかでなされた特在不許可の裁量判断が全く事実の基礎を欠くとか、社会通念に照らし著るしく妥当性を欠くことが明らかであるということはできないという外ない。

(三)  相手方らは本案訴訟において、法務大臣に対し異議申出者の七割以上の者に特在許可が付与されている行政実態、夫婦ともに不法入国者であつても長期間本邦に在留し生活の基盤が確立している者に対しては特在許可が付与されていることが多いという行政先例の存在に照らすと他に特段の事情もないので本件裁決は、憲法一四条、国際人権規約二六条の平等原則に違反すると主張するが、前示のとおり特在許可の数値から直ちに行政先例の存在を肯定できず、右主張は前提を欠き失当である。

3  以上の次第で、相手方ら主張のように本件裁決が違法であるとはいえず、また、本件令書発付処分は、異議の申出が理由ない旨の裁決に基づき裁量の余地なく必ずなすべき処分であるから、同処分が違法であるということもできない。

そうだとすると、本件は抗告人主張の「本案について理由がないとみえるとき」(行訴法第二五条第三項)にあたるものというべく、双方のその余の主張につき考えるまでもなく本件令書発付処分の執行停止をすることができないというべく、相手方らの本件令書発付処分のうち収容部分及び送還部分の各執行停止の申立てはいずれも失当で却下を免れないという外ない。

よつて、右と異なり右各申立てを認容した原決定は失当であつて、本件抗告は理由があるから、原決定を取消し、本件令書発付処分のうち収容部分及び送還部分の各執行停止を本案の第一審判決言渡しまで求める申立てをすべて却下し、本件申立て及び抗告費用を各相手方らに負担させることとして主文のとおり決定する。

(裁判官 安達昌彦 杉本昭一 三谷博司)

別紙 <略>

〔参考〕第一審(大阪地裁昭和六一年(行ク)第三一号 昭和六一年一〇月二四日決定)

主文

一 被申立人が昭和六一年八月一二日付で申立人らに対して発付した退去強制令書に基づく各執行は、本案(当庁昭和六一年(行ウ)第六三号)の第一審判決言渡しまで停止する。

二 申立費用は被申立人の負担とする。

理由

一 申立人らの申立の趣旨及び理由は、別紙(一)記載(但し、申立の理由二の1の一行目「本訴状請求の原因第二項」を「後記四」と改める。)のとおりであり、被申立人の意見は、別紙(二)記載のとおりである。

二 当裁判所の判断

1 本件記録によると、被申立人が申立人らに対し、昭和六一年八月一二日付で退去強制令書を発付し(以下「本件令書発付処分という。」)、次いで、右令書の執行として、右同日、申立人らは大阪入国管理局(以下「入国管理局」という。)に収容されたが、帰国のための家事整理の必要性の考慮により、同月一八日、申立人らはいずれも仮放免を受け、肩書住居地で生活していたが、同年九月一〇日、申立人韓貞石、同韓盛宇、同韓盛奉、同韓盛一(以下「申立人貞石」、「申立人盛宇」、「申立人盛奉」、「申立人盛一」という。)は、仮放免の期間満了のため再び入国管理局に収容され、次いで、同月二四日、大村入国者収容所に移送され、近日中に申立人ら全員が韓国へ強制送還される予定であることが一応認められ、また申立人らが、法務大臣及び被申立人を相手方として、当裁判所に対し、法務大臣が昭和六一年七月二三日付で申立人らに対してした出入国管理及び難民認定法(以下単に「法」という。)四九条一項に基づく異議申立を理由なしとした裁決(以下「本件裁決」という。)及び本件令書発付処分の各取消の訴えを提起(当裁判所昭和六一年(行ウ)第六三号)し、現在審理中であることは、当裁判所に顕著な事実である。

2 次に、本件記録によれば、次の事実が一応認められる。

(一) 申立人貞石は、昭和一九年一二月二七日、東京都三宅島神著村において、いずれも韓国人である父韓鍾順、母呉玉順の長男として出生した韓国人であり、昭和二一年ころ家族らとともに韓国へ引き揚げ、本籍地の国民学校、中学校を経て済州農業高等学校を卒業し、約二年半兵役に服したほかは、本籍地で農業に従事していたが、昭和四六年春ころ、同郷の申立人姜福潤(以下「申立人姜」という。)と結婚し(韓国戸籍への届出は、昭和五一年四月二日)、その間に、昭和四八年一〇月一〇日、長男韓盛弼をもうけたが、その後、大阪市生野区に居住している伯母(母の姉)呉春桃を頼つて出稼ぎの目的で本邦に行くことを決意し、昭和四九年六月ころ、韓国に妻である申立人姜、長男の韓盛弼を残したまま、単身、両親から密航料金の出捐をえて、有効な旅券または乗員手帳を所持せず、他の密入国者と共に船舶で本邦に不法入国し、右呉春桃方に身を寄せたのち、同区内で転居してヘツプサンダル製造の内職を始め、その後、申立人貞石を頼つて、昭和五〇年二月ころ、前記長男を韓国に残し、単身、不法入国してきた妻の申立人姜とともに生活するようになり、昭和五三年一〇月からは、肩書住居地で、妻とともにヘツプサンダルのミシン掛けに従事していた。

(二) 申立人姜は、昭和一九年四月三〇日、神戸市葺合区筒井三丁目四五番地において、父姜元周、母不詳(戸籍上の母は、宋昌律であり、同人の子である可能性が強いが、同申立人は、氏名不詳の日本人を母として生れたと供述している。)の間に出生した韓国人であり、昭和二一年ころ、右宋昌律とともに韓国へ引き揚げ、就学しないまま本籍地で農業に従事するうち、昭和四六年春ころ、同郷の申立人貞石と結婚し、前記のように長男韓盛弼をもうけたが、夫の申立人貞石の不法入国後、夫を頼つて、みずからも出稼ぎの目的で本邦に行くことを決意し、昭和五〇年二月ころ、長男韓盛弼を申立人貞石の両親のもとに預け、単身、有効な旅券または乗員手帳を所持せず、船舶で本邦に不法入国し、その後、夫である申立人貞石と同居し、夫とともにヘツプサンダルのミシン掛けに従事していた。

(三) 申立人盛宇は、昭和五二年四月七日、同盛奉は、昭和五三年六月一七日、同盛一は、昭和五六年三月一〇日、いずれも大阪市生野区内において、申立人貞石と同姜を両親として出生した韓国人であるが、在留資格取得の許可申請をすることなく、法定の期限を超えて本邦に不法に残留した。

(四) 申立人貞石、同姜は、前記のように、昭和五三年ごろからは肩書居住地の借家で、夫婦でヘツプサンダルのミシン掛けに従事し、月四〇万円ないし五〇万円の収入を得ており、その間、前記のように三子をもうけたが、家族一緒に日本で居住できる許可をもらおうと考え、自首を決意し、昭和五八年一二月六日、不法入国の事実を入国管理局に申告したため、申立人らの不法入国、残留が入国管理局に発覚するに至つた。

なお、申立人貞石、同姜は、いずれも昭和五九年一二月三日、外国人登録法違反の罪で大阪地方裁判所に起訴され、いずれも、昭和六〇年一月三一日、懲役八月(執行猶予二年)の判決の言渡しを受け、同判決は、いずれも確定した。

(五) 申立人らの不法入国及び残留が入国管理局に発覚後、調査の結果、入国審査官は、昭和六一年四月五日、申立人貞石について法二四条一号該当、同月八日、申立人姜について法二四条一号該当、前同日、申立人盛宇、同盛奉、同盛一について法二四条七号該当の認定を行なつた。これに対し申立人らは、いずれも特別審理官に口頭審理を請求したので、同審理官は、同人らの口頭審理を行なつた結果、同年六月五日、入国審査官の前記各認定には誤りがない旨判定し、その旨を同人らに通知した。そこで申立人らは右判定に対し法務大臣に異議の申出をしたところ、同年七月二三日、異議申出はいずれも理由がない旨の裁決がなされ、この旨の通知を受けた主任審査官は、同年八月一二日、本件裁決結果を申立人らに告知するとともに本件令書発付処分に至つたものである。

(六) 申立人貞石、同姜の第一次的に扶養すべき親族としては、本邦内に申立人盛宇ら三名の子供のほか、本国に前記長男韓盛弼がいるところ、現在、申立人盛宇は小学校三年生、同盛奉は小学校二年生、同盛一は幼稚園児であり、いずれも生野区内の小学校、幼稚園に通つていたものであつて、日本語以外は理解できないようである。長男韓盛弼は、前記のように、当初、申立人貞石の本籍地に住む同申立人の両親のもとで育てられていたが、のちに、教育上の考慮から、済州市に住む同申立人の妹韓富任夫婦のもとに預けられ、現在同人方で生活しており、申立人貞石は、本邦から同人方に、その養育費として二〇万円を送金するなどしていた。

申立人貞石の他の親族としては、父母、姉一人、弟四人が本国に居住しており、ほかに、長姉韓貞子が、昭和三七年ころ、本邦に不法入国後、特別在留許可を得て、現在大阪市生野区に居住している(なお、次姉韓英子、弟の韓龍三、韓敬三も、かつて本邦に不法入国したことがある。)。また申立人姜の親族としては、戸籍上の母宋昌律のほか、兄、姉、異母兄二人が本国に居住している。

(七) 申立人貞石、同姜の財産としては、前記のように、夫婦で、ヘツプサンダルのミシン掛けをして貯えた一二〇〇万円位の預金と、ミシン掛けの機械四台(時価約三〇万円相当)があり、右申立人らは、現在居で、右の仕事を継続する限り、引き続き、月四〇万円ないし五〇万円の安定した収入を得られる見通しがある。

なお、申立人姜は、昭和六一年八月二八日、胸が苦しいと訴えて心不全、気管支ぜんそくの疑い、心因反応の病名で生野病院に入院し、当初不整脈がみられたが、その後症状がなくなつたので同月三一日一度退院したのち、同年九月二日から再び心臓が苦しいと訴えて同病院に入院したが、精密検査の結果、不整脈もなく、心不全、気管支ぜんそくについては、ほとんど症状がみられず、現在は、精神的打撃による考え込み、食欲不振等の心因反応の症状が中心となつており、退院も可能と診断されているが、心臓の苦しさを訴えて入院継続を希望し、点滴等の治療を受けている。以上の事実が一応認められる。

3 ところで、申立人らが本件令書発付処分に基づく執行によつて韓国へ送還された場合、本案訴訟における訴の利益が消滅して本案訴訟による救済を受けられなくなるおそれが生じるし、また、申立人らが本案訴訟で勝訴しても、申立人らが本邦在留の状態に戻ることができるか否かも明らかでない。そうすると、申立人らが韓国へ送還された場合、本案訴訟を提起した目的である本邦での適法な在留を得られない不利益を被るおそれがあり、この不利益は、申立人らにとつて回復困難な損害であつて、その損害を避けるためには、少なくとも強制送還部分の執行を停止すべき緊急の必要性があることは明らかである。

また、前記認定の事実によれば、申立人盛宇、同盛奉は小学校在学中であり、申立人盛一は幼稚園児であつて、このような心身発達の途上にあり、極めて可塑性に富む同申立人らを、本案判決まで相当期間、教育施設等が整備されていない大村入国者収容所に収容し続けることは、同申立人らにとつて、その年令、発育段階に応じた適切な教育、保育を受ける機会を奪い、心身の健全な発達を阻害するおそれのある重大な不利益をもたらすものであり、このような不利益は後日になつて回復を図ることが困難な性質のものであつて、このことは、同申立人らを監護教育すべき申立人貞石、同姜らにとつても子女の教育上、保育上被る重大な不利益というべきであつて、これらの不利益は、申立人らにとつて、社会通念上、受忍を求めることが不相当な損害にあたるといわなければならない。そして、申立人貞石、同姜らが本邦において法秩序を乱す等の非行もなく正常で安定した社会生活を送つており、逃亡する等身柄確保に困難をきたすおそれもないと認められることや申立人姜が入院治療中であること等の事情をも勘案すると、本件で右損害を避けるためには、父親である申立人貞石を含め、申立人ら全員について、収容部分の執行を停止すべき緊急の必要があると認めるのが相当である。

なお、法五二条五項による収容処分は、退去強制を受ける者を直ちに本邦外に送還することができないときにこれを送還可能のときまで一定の施設に収容できるとされていることに基づくものであるから、右送還がなされることを前提としてその送還までの間逃亡を防止し、その身柄を確保するための保全措置として附随的、暫定的にとられる処分であつて、それとともに、当該外国人の在留活動の禁止をも副次的な目的とするとしても、およそ本邦の社会秩序を脅かすおそれがなく、身柄確保に困難をきたすおそれもない場合に、本案判決までの相当期間、児童の健やかな育成、心身の健全な発達に不可欠な義務教育等を受けることまでをも禁止する趣旨とは到底解されない。それゆえ、時期を失することが許されない義務教育等を相当期間受けられなくなる不利益は、収容処分が自由の拘束をともなうことから生ずるものではあるが、右処分が本来目的とし、実現をはかつている通常の効果を著しく超える過酷な結果というべきであるから、右の事態を収容処分から通常生ずる損害とみるのは相当ではないと考えられる。

4 前記2の認定事実に照らすと、法務大臣が本件裁決に当たつて法五〇条に基づく特別在留許可(以下「特在許可」という。)を与えなかつたことが裁量権の逸脱ないし濫用である旨の申立人らの主張は、明らかに失当であるとはいえないし、本案訴訟でこの主張が認められる余地が全く存しないというわけではないから、現段階において本案について理由がないとみえると断定することはできない。

被申立人は、本件申立は、本案について理由がないとみえるときに該ると主張する。

たしかに、前記認定事実からすれば、申立人貞石、同姜は、いずれも法二四条一号に、同盛宇、同盛奉、同盛一は、いずれも同条七号に、それぞれ該当することが明らかであり、かつ申立人らの主張のうち、実質的な争点と考えられる、法務大臣が法五〇条に基づく特在許可を与えなかつたとの判断が違法となるか否かの点については、右判断は、法務大臣の広汎な自由裁量に属する行為であり、それが裁量権の濫用あるいはその範囲の逸脱があるとして違法とされるのは、その判断の基礎とされた重要な事実に誤認があること等により、判断が全く事実の基礎を欠くとか、事実に対する評価が明白に合理性を欠くこと等により、右判断が社会通念に照らし、著しく妥当性を欠くことが明らかであるというような例外的場合に限られることを考慮する必要があることは勿論であるけれども、他方、特在許可の判断の基礎となる事実は、事柄の性質上、広汎にわたり、かつ変動しうる要素をも持つものであつて、そのような事実を基礎づける資料の収集を簡易、迅速な疎明手続の中で完全になすことには限界があると考えられること、またその事実に対する評価の合理性、妥当性という点も微妙な総合的判断にかかる事柄であつて、必ずしも一義的な判断基準があるわけではなく、不法入国者とはいえ一〇年以上もの長期間本邦に居住して非行もなく平隠に稼動し、生活基盤を築いてきた申立人貞石、同姜らに対する人道上の見地や裁判を受ける権利の実質的な保障という観点をも加味すれば、やはりこの点に関しては、本案訴訟手続による慎重な判断が望ましいと考えられることなどの諸点を考慮すれば、現段階において、本件裁決及びこれを前提とする本件令書発付処分について、本案の理由審査の余地が全くない程に、申立人らの主張する瑕疵が存しないと断定するのは相当でないと考えられる。

5 本件記録を仔細に検討しても、本件退去強制令書の執行を停止することによつて、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあることを一応認めるに足りる疎明がない。

6 よつて、申立人らの本件申立は理由があるからいずれもこれを認容し、申立費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 山本矩夫 及川憲夫 村岡寛)

別紙 <略>

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